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欧州プロリーグを経て、筑波の地へ。エース小坂井瞭が「筑波の色」を体現し、集大成のシーズンに挑む

  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

筑波大学男子ハンドボール部を攻守両面で支えてきた小坂井瞭が約半年間の北マケドニア でのプロ挑戦を終え、この春、筑波の地に帰還した。 昨夏、1年契約で HC ブテリ・スコピエへと渡った彼が、当初の予定を早めて春リーグを前に戻ってきたのは、決して挫折ではない。


夢であった海外の屈強なプロ選手たちと戦う中で、競技と向き合った半年間は、彼に何をもたらしたのか。

そして、日本に帰国した今、彼が「あるべき」と語る、筑波の姿、色をどのように体現していくのだろうか。


春の風と共に、筑波の絶対的エースが再びコートに立つ。



世界の基準を肌で知り、進化した半年間


「得点よりもアシストの面で活躍できた」と語る小坂井。体躯を活かしたプレーだけでなく自分より大きい相手と戦う術も身に着けた。【本人提供】
「得点よりもアシストの面で活躍できた」と語る小坂井。体躯を活かしたプレーだけでなく自分より大きい相手と戦う術も身に着けた。【本人提供】

ハンドボールが国技レベルの熱量を持つ北マケドニア。北マケドニア国内リーグ(スーパーリーグ)は評価によっては世界トップ3の実力を持つと言われている。そんなリーグに入っていく小坂井には日本で積み上げてきた実績と、勝利に対する熱意は誰にも負けないという自信があった。しかし、現地のコートに立った瞬間、その自信は崩れ去った。


北マケドニアリーグと日本の大学リーグの違いとして彼はまず「試合に対する姿勢」をあげる。

そこにあったのは、単なるスポーツにおける勝負を超えた、生活と誇りを懸けた戦いだった。一つ一つのプレーに宿る狂気的なまでの熱意に触れ、小坂井は世界基準のアスリートの姿勢を突きつけられた。その衝撃が、彼の中にあった基準を塗り替えた。


プレー面でも、かつてない壁が立ちはだかった。日本では187cmの体躯を武器に、自分より小さい選手と対峙することが常だった。しかし、北マケドニアでは2m超えの自分より大きな選手が当たり前のように並ぶ世界だ。

これまでのプレースタイルに固執していては生き残れない。小坂井は、自らの良さを活かしつつも、そのスタイルを変える決断を迫られた。大きさも、技術も、そして身体の使い方も。「圧倒された」と語るほどの全てが異なる環境で、試行錯誤を繰り返した半年間を経て、最上級生として迎える今シーズン、更に進化した彼の姿を見ることができるだろう。




短期間での海外挑戦に込めた意図


2024年から共に筑波でプレーし同時期に北マケドニアに渡った川田陽暉。彼は小坂井にとって「1番刺激を受ける存在」だった。
2024年から共に筑波でプレーし同時期に北マケドニアに渡った川田陽暉。彼は小坂井にとって「1番刺激を受ける存在」だった。

日本での退路を断ち、プロとして海外に残る道を選んだ川田陽暉に対し、小坂井には「社会人として自立した人間になる」という将来のビジョンがあった。


小坂井にとって、大学卒業は将来の選択肢を広げるための絶対条件だ。同期と同じタイミングで卒業したいという強い思いもあり、4年時に卒業ができるよう、3年時のうちにスケジュールを調整して海外へ渡る計画を立てていた。


卒業を優先しながらも、昨夏に舞い込んだ海外への切符を迷わず掴んだのは、「チャンスがあるなら挑戦したい」という純粋な向上心からだ。制約がある中でも最大限に自分を磨き、その経験を筑波へ持ち帰り、チームへと還元する。それが彼の描いたシナリオだった。


憧れられる存在へ。体現したい「筑波の色」とは


新チームが始動し、春リーグが始まるこの時期に合流したのは、最上級生として「筑波の色」を体現し、チームを本来あるべき位置へと導くためだ。学業を全うしつつ、大学生活の集大成として筑波のユニフォームで戦い抜く。その揺るぎない決意が、彼を再び筑波の地へと呼び戻した。


小坂井瞭が、春リーグを前に筑波へと帰還した理由。それは、単にエースとして得点を量産するためではない。彼がかつて憧れ、そして今も守り抜くべきだと信じる「筑波の色」を、自らのプレーで体現するためだ。


小坂井にとって、筑波大学ハンドボール部は憧れのチームだった。そしてこれからも全国の中高生ハンドボーラーから憧れられるチームであるべきだと考えている。彼が言う「筑波の色」とは、単なる強さではない。


・明るく、元気にハンドボールを楽しむ姿勢

・審判や相手選手に対し、常に敬意を忘れない品格


「他大学と比べても、筑波はそうした姿勢をより厳しく見られるチーム。自分たちもそこを大事にして戦いたい。」

結果以上に「どう戦うか」にこだわること。それが、最上級生となった彼が今シーズン、チームとして最も大切にしたい意気込みだ。


「中高生がハンドボールで大学を選ぶ際、真っ先に選択肢に入る大学でありたい」と語る小坂井。単に勝利を追求するだけでなく、コート内外を問わず、プレー、雰囲気、そして審判や周囲への立ち振る舞いまで徹底することで、「憧れられるチーム」を体現していく 。その一貫した姿勢こそが、彼が考える筑波大学のあるべき姿である 。
「中高生がハンドボールで大学を選ぶ際、真っ先に選択肢に入る大学でありたい」と語る小坂井。単に勝利を追求するだけでなく、コート内外を問わず、プレー、雰囲気、そして審判や周囲への立ち振る舞いまで徹底することで、「憧れられるチーム」を体現していく 。その一貫した姿勢こそが、彼が考える筑波大学のあるべき姿である 。

チームの文化を背負う一方で、個人としての理想もさらなる高みにある。目指すのは、得点王といった目に見える数字だけでなく、存在そのものが流れを変えるプレーヤーだ。


「一人で局面を打開できるのはもちろん、『この人がいればディフェンスが安定する』『この人がいればオフェンスが回る』。そんな、数字に表れなくてもチームに劇的な変化をもたらす選手になりたい」


その視線の先にあるのは、高校時代に憧れた藤川翔大さん(2022年卒、トヨタ自動車東日本レガロッソ宮城所属)や佐藤陽太さん(2023年卒)といった偉大な先輩たちの背中だ。かつて自分が抱いたその感動を、今度は自分がコート上で再現し、次世代へと繋いでいく。


2019年全日本インカレで優勝を果たした筑波大学。中高生だった小坂井もその姿に憧れていた。(写真左:藤川翔大さん 右:佐藤陽太さん)
2019年全日本インカレで優勝を果たした筑波大学。中高生だった小坂井もその姿に憧れていた。(写真左:藤川翔大さん 右:佐藤陽太さん)

エースの帰還により「チームがどう変わるのか」という周囲の期待と注目を、小坂井は真っ向から受け止めている。

自らのプレーと品格ある立ち振る舞いでチームを導き、かつての先輩たちが築いた王者の誇りを取り戻す。大学生活の集大成、エースとしての真価を証明する戦いが今、幕を開ける。



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